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『光ノ筺庭//筺庭監獄』の本文サンプルです。


今は無き彼の筺庭で もう戻れない輝かしい季節を共に過ごした 彼等に
多大なる感謝と 郷愁にも似た想いを添えて



此処は Lichtenstolz Gymnasium


日常と非日常の存在が赦された場所

其れはチェスの盤面の様に

常に隣り合わせにあってなお

交差する事はない



[ CENTRAL GATE ]―― Apr. 03, 1872, 10:24 a.m.

 定期船を下りると水辺特有の日差しが目を灼いた。眩しさに眼を細める。
 光に眼が慣れた頃、深呼吸。もう一度深く息を吸って、今度は其処で止める。眼を閉じるとゆっくり吐き出した。開かれる瞳。
 ――意志を宿した光。前を向いて歩き出す。



 船着場から続く緩やかな坂道。行き止まりと為る場処に、アールヌーヴォ風の装飾が為された豪奢な黒い鉄門と人影が見えた。スーツに身を包んだ大柄な男性。浅黒い肌にさっぱりとした黒の短髪、眼鏡の反射の所為で目元は良く見えないが、纏っている雰囲気は柔らかい。
「転入生のLuca Ladice Saider君、ですね、」
「……はい。」
 落ち着いたテナの音。名を呼ばれるのが心地良かった。
 男性は口元を緩ませると綺麗な仕草で御辞儀した。
「御待ちして居りました……ようこそ、Lichtenstolz Gymnasiumへ。私は当島の警備主任を務めて居りますMonomany Gafasと申します。以後御見知り置きを。」
 ルカは釣られて、御辞儀を返す。其れは、モノマニィが見せた流れる様な所作ではなく、東洋の剣士を思わせる硬質なものだった。
 顔を上げるとモノマニィが附いて来て下さい、と踵を返す。
「正式には休暇の明ける八日附での転入と為りますが、書面での手続きは完了して居ります。後は、鍵(キィ)と専攻授業の登録が残っている位ですね。」
 モノマニィはそう云って、鉄門の横に併設された同じデザインの鉄扉に手を掛ける。彼の右手中指に嵌められた銀の指輪が一瞬、不自然に煌めいた。
「……、」
 疑問を口にする前に、扉は押し開かれる。見目に反して滑らかに、音も無く動く。
「さぁ、Masterが御待ちです。」
「……マスタ、」
 余り聞かない単語に、自然と語尾が上がる。モノマニィが改めて気附いた様に、一度緩く首を傾げてから言葉を繋いだ。
「嗚呼。理事長の事で、此処ではそう呼ぶのが通例と為って居ります。本来は“校長”の意なのですが、兼ねてらっしゃいますので。」
「そう、ですか。」
 初めて知った其の意味に、自分の語彙力の乏しさを恨む。……嗚呼、矢張り母国語で無いと緊張する。
 後ろで扉が閉められた。今度は撥条の跳ねる、硬質な音が響く。
「理事長室迄御送り出来れば良いのですが、私は此処から離れる訳には行きませんので。」
 モノマニィは門を背に綺麗に佇んでいる。不図視線をずらせば、門の横手に小さな石造りの塔が在るのに気附いた。此処が彼の仕事場なのだろう。
 ――幸い、理事長室は迷う様な処には有りませんから。
 そう云って柔らかく微笑むモノマニィに道順を聞いて、今度は深く御辞儀をした。背を向けて、正門から続く並木の中を歩き出す。

 新芽が萌え出る季節。色彩も、光も、空気さえもが綿毛に包まれた様に温かく、柔く。微風に光の欠片を散らし乍揺れる木葉が、一人の少年の姿を見ていた。
 春の陽光を鋭く反射する銀の髪。振り返った時に垣間見えた瞳の色は夏の澄んだ空を映し取った様な鮮やかな青。


[ THE STUDENT COUNCIL ROOM ]―― Apr. 03, 1872, 12:15 p.m.

「唯今戻りました。」
 ルーファスは重厚な扉を閉め乍、極めて慇懃無礼にそう呟いた。扉の閉まる反動で、髪だけ柔らかく閑かに揺れる。
 室内に居た碧空色の髪をした長身の青年は其の姿を認めると、同色の眼を細めて淡々と呟いた。
「……遅かった。」
 其の声が届いたルーファスは微かに形の良い眉を寄せ、溜息混じりに言葉を返す。
「悪かった、此でも早く帰って来たんだ…………仕方ないだろう。Masterの“御願い”だ。第一此も仕事……、」
 其処迄云った処で、碧髪の青年がそうぢゃないとルーファスの赫い唇に、長く骨張った人差し指を添えて遮った。
「ラルゥが、引継作業に飽きて、昼寝に出て行った。……先刻迄は居たんだが。」
 ――気が附いたら居無かった。
「……、」
 ラルゥとは、正しくはラルーシャ、フルネィムをLarusha Kikyoh Leith-Ross。最高学年の13、前期の生徒会長だった人物だ。
 ルーファスが今期の生徒会長。因みに碧髪の青年が副会長、学年は11で、名をGiovane Lunaと云う。
 後期が、正式な任期が始まる前の此の時期は業務の引継作業に追われているのだが。
 如何せん前会長は、逃亡癖があった。
 ルーファスは生徒会室をぐるりと見廻す。彼と目が合った他の新旧役員達は苦笑した。
 一通り見終わったルーファスの動きが止まる。そして、スッと表情が消えた。
「あンの野郎……ッ、」
 其の外見からは想像も附かない、地を這う様な低音が彼の口から零れ出た。一部の役員は其の様を見て驚き、怯える。
 然し、其れに慣れている……と云うより唯のパフォーマンスだと知っているジオヴェインが、ルーファスの頭に手を乗せた。其の意を理解して、ルーファスは肩を竦める。
「はいはい。……ッたく、構内で昼寝禁止の校規でも作って遣ろうか。」
 ルーファスは独り言の様に呟いて、眼鏡を外し乍己の机に向かう。其の呟きを耳聡く拾った青年がけらけらと笑う。獅子の鬣の様な赤茶の髪が豊かに揺れた。
「おもろい案やけど、任期無事終わるって時にウチの支持率落とす様な可哀想な事止めたって。」
 ジオヴェインに書類の束を渡しつつ、未だ肩を震わせている。帳冬夜、ラルーシャと同じく13年の前副会長だ。
「落ちるのがそっちの支持率なら遠慮無く立案するぜ。」
 ルーファスは人の悪い笑みを浮かべてそう云うとキャビネットから用紙を引き出した。其の侭流れる動作で自身のデスクに戻り、胸ポケットから万年筆を取り出すと細く白い蝋の様な指先で一度くるりと回す。考える様に一拍置いてからキャップを外し、ペン先を走らせ様とした瞬間、
「一寸、何でルーの作った校規でウチの支持率落ちるんだよ。理不尽だろっ、」
デスク横の窓から勢いの良い声が飛び込んできた。
 視線をずらすと、サッシュに手を突いて室内を覗き込む青年が一人。他ならぬ彼が今迄散々話題に出ていたラルーシャ其の人だ。
「まぁ、自分の逃亡癖でルーが散々手ぇ焼いとったんは周知の事実やから、」
「っつか、人間なんだからそう云う危険な事止めろって何度も云ってるだろ。窓から出入りすんな。」
 室内に居る全員から視線を集めているラルーシャは、窓の外に居た。
 生徒会室は三階にあるので、学舎に隣接して植えられている木を足場として器用に今の状態を保っている。
「取り敢えず、オカエリナサイ。」
 我関せずと呆れ顔のジオヴェインがラルーシャの腕を掴み、脇に手を入れて室内へと引きずり込んだ。
「さっさと仕事終わらせるぞ。」
「はーいはい。」
 二人の会長の言葉で、皆が作業を再開した。


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